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IPOのプライシングについて思うこと

株式会社Mutual 公式note

先週はマザーズの株価が軒並み下落しました。
岸田政権が金融所得課税や自社株買い規制について言及していることに対する懸念の高まり、米国のQE終了等要因は色々考えられますが、特にIPO時におけるバリュエーションに若干割高感があった銘柄の下落が激しかったため、「公開価格を高く設定しすぎているのでは問題」が言及されているのをチラホラ目にしました。
実際、今週上場した13社のうち、5社が公募割れをする状態にもなっています。
ついこの間まではIPO Popが取り沙汰されていたので、「結局何が正しいんだよ!」と思われている方もいる方も多いはず。

このあたりは絶対解なんぞ存在しない論点だとは思いますが、今日は私なりにこの問題について思うことを少しまとめておこうかなと思います。

IPOのプライシングが問題視されていた理由

今年9月から、日本証券業協会により「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ(以下、WG)」が開催されています。

このWGの目的は「世界で戦えるスタートアップが誕生・規模拡大するための環境整備を行うこと」にあるのですが、その目的を達成するにあたって課題となりうる事項として「公開価格の設定プロセスに関する妥当性」が議論されています。

では、「公開価格の妥当性」については具体的にどのような点が問題視されていたのでしょうか。
ご存知の方も多いと思いますが、日本の証券市場、特にマザーズ市場においては、IPO時の初値が公開価格を大幅に上回ることが頻発しています。「IPO株に当選したら儲かる!」と言われているのもこれが所以です。
実際、2021年は既に120社以上がIPOされていますが、そのうち初値が公開価格を下回った件数は10数件といった状況になっています。

これがどのような問題を孕んでいるのでしょうか。一般的には、大きく以下3つの問題点があると言われています。

  1. 発行会社が上場時に十分な資金調達ができない

  2. 起業家のIPOに対する意欲が削がれる

  3. スタートアップへのリスクマネーの供給量が減ってしまう

1. 発行会社が上場時に十分な資金調達ができなくなってしまう

まず1点目について。
企業からすると、IPOは株式市場からお金を調達する絶好のチャンスだと言えます。実際、上場後に株式市場から資金調達ができている会社は非常に少ないわけです(それはそれで課題だとも思いますが)。

第1回公開価格の設定プロセスのあり方に関するワーキング・グループ

この点、公開価格が低く抑えられてしまうと、絶好のチャンスであるIPOのタイミングで調達できる資金が少なくなってしまうため、発行会社が上場を機に更に成長投資を加速化させるということが難しくなることが考えられます。

2. 起業家のIPOに対する意欲が削がれる

2つ目の点は、公開価格が低く設定されるが故に「どうせIPOのときに持ち株を売却しても大した金額にならない」と考える起業家が増えると、新規上場を志す有望なスタートアップが減ってしまうのでは?という懸念からきています。
要は、成長性の高い事業を展開できている起業家が、「上場しても大したお金は入ってこないし、わざわざ大変な思いをしてまで上場なんてしなくていいや」と思ってしまうという人が増えると困るということですね。

3. スタートアップへのリスクマネーの供給量が減ってしまう

最後の3つ目の点について。
VCは基本的にファンドを組成しており、通常10年程度でファンドを解散して出資者に償還する必要があります。そのため、VCは上場時の売出しがひとつの重要なイグジット機会になります。
しかし、当然ですが思うように公開価格が上がらないと、VCのパフォーマンスも低下してしまいます。もちろん、VCの利害を重視して証券会社とハードネゴし、結果的に実態以上の公開価格が設定されてしまっては本末転倒ですが、少なくとも適正なプライシングがなされずにVCが機会損失を被ってしまうと、VCへの出資額が減ってしまい、日本国内でやっと盛り上がり始めているVCのビジネスが拡大しにくくなってしまうわけです。
スタートアップのエコシステムが活性化するために、成長投資のための資金を供給してくれるVCの存在は非常に重要だと言えるので、これも公開価格が低く決まってしまうことによって起こりうる問題かと思われます。

ステークホルダーによって異なる利害

公開価格が低く設定されることで発生しうる問題について簡単に触れましたが、じゃあ公開価格が高く設定されさえすれば皆ハッピーになれるのかというと、そういうわけではありません。IPOには様々なステークホルダーが関与しており、かつ各ステークホルダー間で利害が異なるからです。
以降で、各ステークホルダーがどのような利害を持っているのかを超ざっくりとまとめてみます。

証券会社の利害

一般的に証券会社には、公開価格をあまり高くしたくないというインセンティブが働きやすいと言われています。なぜなら、証券会社にとっては、口座を開設してくれている投資家、つまりIPOで参画してくる投資家が重要なお客さんだからです。
そんなお客さんと長く付き合おうと思ったら、そのお客さんに儲けてもらわないといけないわけです。
ところが、公開価格を上げすぎてしまうと、短期的には株価が下落してしまう可能性も高まってしまいます。そう考えると、お客さんを儲けさせるために公開価格はなるべく低くしたほうがいいとなるわけです。

ただし、証券会社は上場時の資金調達額の数%を成功報酬として受け取っているため、新規投資家だけでなく「発行会社」も同時にお客さんになります。
そのため、例えばオファリング規模が数千億円規模になってくるような大型IPOだと証券会社のスタンスも少し変わってきます。この場合は主幹事としてIPOを引き受けることで莫大な成功報酬が得られる可能性があるため、他の証券会社との競争に勝ち抜いて主幹事に選定されるために、公開価格を少し高めに設定して提案することが起こりうるとも言えます。

つまり、証券会社の中でも営業部門と投資銀行の部門とで向くお客さんの方向が異なる上に、案件規模や担当者によっても事情が変わってくるので、一般的には「証券会社は公開価格を低くする方向でインセンティブが働く」と言われるものの、実際には一概にはそうだと言えないということです。

発行会社の利害

発行会社からすると、公開価格を高めたいに決まっているじゃん!と思われるかもしれません。公開価格が高くなることでその分より多く資金調達ができるようになるためです。

ただ、公開価格を高く設定しすぎてしまうと、それ以上の価格で買える人が存在せずに出来高が細ってしまうこともあります。そうなるとずるずる株価が下がり、また、低い流動性の中で思うように資金調達もできないという状態に陥ってしまう可能性もありえます。
加えて、あまりに高い水準で公開価格が設定されてしまうと、それだけ市場からの成長期待も大きくなり、そのプレッシャーに意識が向きすぎるが故に経営に集中しにくくなる側面もあるかと思われます。
そのため、基本的には発行会社は公開価格は高くつけたいとは思ってるはずですが、実際これも個々の会社によってレベル感は結構異なるんだろうなと思います。

既存株主の利害

上場のタイミングで保有株の全てもしくは大半を売却しようと考えている既存株主からしたら、当然ですが公開価格はできるだけ高く設定してほしいと思うはず。なので、既存株主は基本的には公開価格は上げてもらうインセンティブが働きやすいと言えます。
一方で、上場後も継続的に保有し続けることを前提としている株主の場合は、そもそも上場時に売り出す必要がないので、必ずしも公開価格を高く設定してほしいというインセンティブは強く働かないと思われます。

新規投資家の利害

IPOで新しく入ってくる投資家は、ほぼ間違いなく安く買いたいというインセンティブが働いていると考えていいと思います。公開価格が安いほうが初値も上昇しやすいし、その後の株価も公開価格を上回って推移する可能性が高まるので、当然といえば当然ですね。

IPOのプライシングよりもっと大事なことがある?

このように、公開価格の決定プロセスには異なる利害を持つ様々なステークホルダーが関与していることから、インセンティブ構造が複雑になっています。また、市場全体が価格発見機能を担ってくれている上場企業とは違って、これから上場する会社はフェアバリューを算出する担い手が証券会社等の極少数に限られるわけですし、過去の実績期間の短さ、将来に対する不確実性の高さ等に鑑みても、誰もが納得するプライシングをするのは相当難しいと言えます。

じゃあどうするべきなのか?冒頭でも述べた通り絶対解などないとは思いますが、結局は中長期でファンダメンタルズが成長していくために最適なオファリングを実現することが最も重要だと思っています。
例えば、事業を拡大してくために赤字覚悟で積極的に投資していく必要がある会社の場合は、エクイティで可能な限り多くの資金を集めることが重要になってくるわけなので、公開価格はできるだけ高く設定した方がいいとも言えます。
逆に、成長していくためにエクイティでの調達がそこまで必要とならない会社の場合は、必ずしもIPOの時点で多くの金額を集めることに拘る必要があるとは限りません。寧ろ、先述のとおり公開価格を高めすぎることによって変に資本市場からプレッシャーがかかってしまい、事業に集中できなくなってしまう可能性もあります。
つまり、一概に公開価格が高けりゃいいとか安けりゃいいという話ではなく、あくまでファンダメンタルズを中長期的に成長させるために最適なプライシングができているかという点を軸に議論していくべきだろうということです。

そして、この観点でプライシングの妥当性を答え合わせするとなると、少なくとも数年は経たないとと答え合わせできないのではないかと思います。
仮に公開価格が高い会社があったとして、その会社の株価が上場後しばらく公募割れの状態が続くと「公開価格が高すぎる」という声が上がってきやすくなるわけですが、数年経った時に、そのとき調達した資金で積極的に投資したおかげでIPO時点で織り込まれていた期待以上の成長を実現できるかもしれないですよね。
もちろん、そうならずに株価が何年も低迷してしまうケースもあるわけですが、それも何年か経って分かることなだと思います。

まとめ

ちょっとダラダラと長くなってしまったので、この辺で今日お伝えしたかったことをまとめておきます。

  • IPOのプライシングは、複雑なインセンティブ構造、トラックレコードの少なさ、価格発見機能の担い手の少なさ等を考えると相当難しい

  • あくまで重要なのは各会社のファンダメンタルズが中長期で成長することであって、そのために最適なオファリングの設計は何なのかを考えるべき

  • そう考えると、単に公開価格と初値のギャップや上場後短期間の株価の推移だけを見ても、公開価格の妥当性を検証するのは難しいと思われる

  • 発行会社は自社に最適なオファリングの設計を考え、実現に努めるべきだが、それが実現できた暁には短期的な資本市場の声は過度に意識しなくてもよいのではないか

ちなみに、本記事冒頭で貼り付けた「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」は、今のIPOプロセスの課題と改善策に関する議論がリッチに公開されていて結構面白いので是非読んでみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました!!


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